【One for All、県大会は必死にやってない】松坂大輔が語る伝説の夏

【One for All、県大会は必死にやってない】松坂大輔が語る伝説の夏
event_note 2018/08/23 06:57
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松坂大輔投手(37=中日)擁する横浜は、1998年に春夏連覇を遂げ、公式戦を無傷の44連勝で駆け抜けた。

県大会は必死にやってない

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「2年の夏(県大会準決勝)に負けて、新チームになって1カ月は本当にきつかった。走った記憶しかない。ほとんどの試合は、相手も覚えてない。やったあ、試合だ、休めるぞ、でしたから(笑い)。しんどい練習から解放される2~3時間が幸せな時間。そういう感覚でした」

 その一方で、過酷な練習を耐え抜き、着実に力を蓄え、確かな自信を築くことで、全国制覇という目標が、より明確になった。

 「秋は格段にスピードも上がったし、あれだけ練習したんだから負けるわけがない。こんなに練習したチームはほかにないと信じてました。調子がいい悪いとか、考えたこともない。メンバーも信頼していたし、練習通りのプレーができれば負けることはないと思ってました。ただ、監督さん(渡辺元智氏)には、ずっと言われてました。強いチームが勝つんじゃない、勝ったチームが強いと。お前たちはまだ勝っていない、と言われてました」

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180823-00307936-nksports-base

松坂が語る伝説の夏「県大会は必死にやってない」

「One for All」

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帽子のひさしに書き込んだ通り、自分を支えてくれた全員のためにも、松坂は心を尽くして、最後まで腕を振った。

 1998年夏、京都成章との決勝戦。9回表2死、こん身のスライダーを投げ込んだ。空振り三振で試合終了。決勝では59年ぶり2人目となるノーヒットノーランの快挙で春夏連覇を遂げた松坂は、その瞬間、マウンド上で全身をクルリと反転させた。背後に笑顔を向け、両手を突き上げる姿は、バックを守っていた仲間全員を迎えるかのようだった。

 松坂に始まり、松坂で終わった1年-。

 後に「松坂世代」の呼称が定着したとはいえ、松坂は決して孤高の存在ではなかった。歓喜の輪の中央にいても、あくまでも17歳の高校球児だった。

 「全員が同じ方向を向いていたと思います」

 それこそが、「One for All」の精神だった。

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180823-00307936-nksports-base

「One for All」の精神

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